ゴールデン・ウィーク明けの最初の週。
生活のリズムが戻らず、いっそドロップアウトしたい、なんて思っている人はいませんか？
きょうはハバナでそんな人生を送りながら、皆に愛され、死んでからは銅像にまでなってしまった男の逸話を紹介します。
語ってくださるのは、いつものようにマリオ･ピエドラ先生。ハバナ大学の教授です。
El Caballero de París “パリの紳士” マリオ・ピエドラ（ハバナ大学教授）
「あいつは頭がオカシイのさ」と巷で評判の人物―そんな輩は、ハバナに限らず、どこにでもいるものだ。
明らかにビョウキなのだが、皆の関心の的。
その上なかなかの好人物だったりすると、いつしか街の“名物”に祭り上げられてしまうことさえある。
そんな男が20世紀のハバナにもいた。
通称「パリの紳士」―ハバナ一有名で、ハバナ一変わった男。
しかも彼には詩人の魂がそなわっていた。
元を正せば、スペインはガリシア出身の移民。
若くしてハバナに渡って来て、由緒あるホテル・セビーリャで働いていたのだが、ある日身に覚えのない罪を被せられ、それがもとで精神を病んでしまう。
気が触れた彼は、自らを「パリの紳士」と名乗るようになる。
髪と髭は伸び放題で、常に黒いマントに身を包んでいた。
そんな風貌と、独特のスペインなまりの強い話し方のせいで、彼の存在はたちまちハバナ中に知られるようになった。
だが彼が注目された一番の理由は、その奇妙な風貌よりも、振る舞いにあった。
穏やかで、争いを好まず、取り乱すこともなく、頭がおかしいようには見えなかった。
数年後ごとに居場所を変えたが、いつも通りかかる人たちに挨拶をするのを楽しんでいた。丁寧に応対してくれる相手とは立ち話を交わすことも珍しくなかった。
けれども、何かをねだるようなことは決してしなかった。
食事は、人々から貰ったものや、近くのレストランの残り物で済ましていた。
女性には花をプレゼントするのが好きだった。
そして、子供に対しては優しく話しかけ、時おり紙片に何か書いてあげたりしていたが、書き付けられた言葉にあまり意味はなかった。
“紳士”はよくインタビューを受けた。彼が質問に答える様子は威厳にあふれていて、写真撮影やサインに応じるときも、まるで高貴な家柄の出のように重厚にふるまった。
発言には、正常とは思えない部分もあったが、表現が辛らつなうえに、詩的だった。
主要な街角を転々と移り住んでいく彼に、ハバナの人々は親愛の情のこもったまなざしを注いでいた。実際、頭がおかしいとは言え、ひとかどの人物だった。
彼が晩年に居た場所は、ベダード地区の23番通りと12番通りの交差点、ICAICのそばだった。
だが80歳を超えたある日、身体の弱った“紳士”は、ついにハバナの精神病院に送られる。
医者たちの所見によると、長年の不衛生で不健康な生活にもかかわらず、年齢の割りに信じがたいほど彼の健康状態は良好だったそうだ。
やがて同病院で息を引き取る。
死ぬ間ぎわ、まるでドン・キホーテのように、“パリの紳士”は正気を取戻したという話だ。
自分の生い立ちを再認識し、本当の名前を口にしたという。
はじめ亡骸は病院近くの墓地に埋葬されたのだが、数年後、ハバナ市の歴史研究家、エウセビオ・レアルの提案によって、ハバナ・ビエハにある有名なサン・フランシスコ修道院の柱廊の壁に埋葬し直された。同所は、ハバナの偉人だけが埋葬を許されるところだ。
遺体を移すに当たって、墓のそばに彼の実物大の銅像を立てることが決まった。
作者はホセ・ビージャ、あの有名なジョン･レノン像、マザー･テレサ像の作者としても知られる、現代キューバの優れた彫刻家の一人である。
出来上がった像は、マント，髭、長い髪など、生前の“紳士”の姿をありのままに伝えており、歩きながら、人差し指で前方を指している。
おもしろいのは、子供たちが彼の像を見ると、喜んでそばに駆け寄り、髭や人差し指を撫でることだ。いつしかそれは奇妙な慣例となり、ハバナ・ビエハを訪れる人はこぞって彼の象を訪ね、写真に収めるようになった。
「パリの紳士」像は、詩と、人間の尊厳と、甘美な錯乱という、ある種の天賦の才へのオマージュなのだ。
欲しかったな
式を挙げたばかりの新婚さん
「パリの紳士」と記念撮影
“甘美な錯乱よ”永遠なれ！
参考記事：
ジョン･レノン像：http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10010243808.html
マザーテレサ像：http://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-10010564746.html