フェルナンド・ペレス監督は語る | MARYSOL のキューバ映画修行

MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。

トマス・グティエレス・アレア監督亡き後、キューバ映画を代表するフェルナンド・ペレス監督が、今月初め、マドリッドに本拠を置くウェブ新聞DIARIO DE CUBAのインタビューに応じたときの映像と発言内容です。

 

  

Últimos días en La Habana

『ラストデイズ・イン・ハバナ』

 

ミゲルとディエゴという、特異な状況にある二人の男の友情の物語であり、ティトンの映画(トマス・グティエレス・アレア監督の『苺とチョコレート』)へのオマージュでもある。

ソラール(集合住宅)が舞台で、そこに住む人々の背景を描いている。

ある意味、『永遠のハバナ』で描いた場所に戻るようなかんじだ。あれは2003年にドキュメンタリーとして撮ったが、今回はフィクションで、15年後のサバイバルの現実を描いている。思うに、当時より現実ははるかに厳しくなっている。モラルが相対化し、価値観が変わり始めていて、映画はそれを描いている。

 

我々の現実

 

経済危機以降、ということは社会危機以降、現実そのものが悪化していったと思う。

撮影を始める前に15軒から20軒のソラールに足を運び、この場所に決めた。このとき最も我々の注意を引いたのは、『ラストデイズ・イン・ハバナ』の登場人物の姿が至る所に見受けられたことだ。売春業者から、ゲイ、ホームドクター、仕事に必要な装備を欠いた情報専門家、闇金融業者。彼らは皆リスペクトし合いながら暮らしていた。これは我々の現実を象徴しており、最も一般的な光景だと思った。私は社会学をやったわけではないが、自分の足で歩き回って、我々の非常に重要な現実の一部だと感じた。だが、通常メディアには現れない。だから私は映画を撮る。この視線を表現するために。

 

製作のプロセス

 

映画によってアイディアの源泉はすべて異なる。

たとえば『口笛高らかに』のときは、ある音楽を聴いていたときだった。私はチリにいて少々ノスタルジックになっていて、パーカッションが勢いづいていく曲をかけた。すると人々がある場所に向かって走り出す絵が頭に浮かんだ。あの映画のラストシーンのように。そして考えを進めていった。これは幸せを探すメタファーになるだろう、とか。それから別のストーリーも浮かんだ。

『マダガスカル』の場合は、「非常時」のただ中にあった頃、ハバナのトンネルを通っていたときだ。自転車しかなかった頃で、私のよう表現主義者にとり、その状況は、我々が生きている当時のメタファーになった。

今回のように脚本をもらうこともある。いずれにせよ、どの映画も現実から出発している。

 

私はあらゆるタイプの映画に興味がある。だが、最も大切なのは、映画で起きていることに共感できることだ。

 

ほぼ半世紀になる映画人生

 

初めて監督をしたのは、プエルトリコについてのドキュメンタリーで、74年、30歳のときだった。確か62年にICAIC(映画芸術産業庁)に入り、助監督やメッセンジャーをしていた。ミサイル危機があったときは15歳か16歳だった。(注:ペレス監督は44年生まれ)

 

映画製作は以前より容易か?

 

難しくなる一方だ。特に、作りたいと思う映画の場合は。

資金の調達や融資が必要だ。例え低予算の映画であっても資金を調達せねばならない。とは言え、決して不可能ではない。

 

最近のキューバ映画には新しい重要な現象が起きており、それは21世紀に入ってますます発展した。「キューバのインディペンデント映画」として知られている。撮っているのは若い人たちで、様々なアイディアをもち、大胆で、粘り強い。映画には忍耐と資質が必要だ。

 

最新作はインディペンデント映画

 

なぜインディペンデント映画を撮ったか?

私はその方式を擁護してきたからだ。毎年開催されている「Muestra Joven(若手監督作品上映会」しかり。そして、理論的に支持する以上、実践せねばならないと考えた。

すばらしい経験だった。チームには引退したベテランたち(自主製作で撮る以上、我々も引退しなければならなかった)と若い人たちの両方がいた。

 

新映画法

 

我々が討議しているのは、映画のシステムについてだ。なぜなら映画とは製作のみならず、システムであり、そのシステム全体が「非常時」以降、劣化してしまったからだ。上映の場は消え、上映プログラムは自主的に組めず、配給は一極集中。キューバ映画の将来を論じる委員会をつくると通知があったが、そのメンバーに映画人は一人もいなかった。

もう映画人たちはひとつの組織にまとまってはいない。世代も手法も多様になっている。

それで我々自身で皆に声をかけ、討議会を持ち始めた。大きな到達目標は、新映画法の制定だが、そこに至る以前に、自主制作者や独立プロダクションの認知など、様々な文書を我々の手で用意している。

残念ながら、ここ1~2年、討議会は減速傾向にあるが、提案はまとまっているのだから、一刻も早い実現が望まれる。だが、その兆しはない。

 

新しい企画

 

次の企画は、19世紀初めにキューバのバラコアで起きた史実に基づく話だ。歴史ものだが、いろいろと現代性を反映させるつもりだ。

 

スイス人の医者、エンリケ・ファベルが主人公で、行方不明の親戚を探しにキューバに渡り、そこで暮らし始める。3年間、様々な医療的試みを重ね、医者として認められ、キューバの女性、ファナ・デ・レオンと結婚する。ところが、エンリケが女性であることが判明する。当時、女性が医者、それも外科医になることは禁じられていたため、一大スキャンダルになる。彼女はすべてを否定し、裁判にかけられる。

 

そこからインスピレーションを得て、私とラウラ・ハンターは脚本を書いた。伝記映画にするつもりはなく、史実に現代性を反映させるつもりだ。

7月から8月にかけて撮影することになっている。もうまもなくだ。

 

追加情報

『ラストデイズ・イン・ハバナ』は、昨年(2017年)のベルリン国際映画祭がキューバ国外での最初のお披露目となり、今年のマラガ映画祭では最優秀イベロアメリカ映画賞(金賞)観客賞、さらに新人のガブリエラ・ラモスが最優秀女優賞(銀賞)を獲得した。