写真家 アルベルト・コルダ | MARYSOL のキューバ映画修行

MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。

ただいま。

17日(日曜)の夜、第28回ハバナ映画祭の旅から帰宅しました。
今年はキューバに関係のある映画を中心に映画祭を楽しんできました。
でも実は行く直前になって帰国を2日早めることに・・・
本当なら明日(火曜日)の夜に帰るはずでした。
閉会式やクロージング上映作品『ボルベール』(ペドロ・アルモドバル監督の最新作)が観られなくて後ろ髪引かれる思い…


でも、その代わりに昨日はNHKのスペシャル番組で“サン・テグジュペリ(『星の王子さま』作者)と妻のコンスエロの愛の軌跡」を見ることができたから良かったかな?
というのも、映画祭で心に残ったドキュメンタリー作品『KORDAVISION―A CUBAN REVELATION』という作品と深い関係があったから。


ということで、第一報は『KORDAVISION(コルダビジョン)』の紹介から。

ドキュメンタリー(2005年) 92分 

Contact: Hector Cruz Sandoval (halogrp@earthlink.net )

KORDAVISION  
監督のエクトール・クルス(1962年生まれ)はキューバ人ではなく、米国在住のチカーノ(メキシコ系アメリカ人
その彼が、なぜキューバ人写真家(故人)アルベルト・コルダ(1928~2001年)のドキュメンタリーを撮ったかというと―


合衆国で“チカーノ・ムーブメント”が起きたとき精神的シンボルとして、グアダルーペの聖母やパンチョ・ビーリャ、エミリアーノ・サパタなどと並び、チェ・ゲバラがイコンとして掲げられたのがきっかけ。

で、ゲバラといえば、お馴染みなのが下の写真。


             チェ・ゲバラ
この有名な写真を撮ったカメラマンが、アルベルト・コルダ
クルス監督は1998年、ローマ法王のキューバ訪問を取材するため訪れたハバナでコルダと知り合い、そこから彼のドキュメンタリー制作が始まったのでした。
内容
コルダは、キューバ革命が成就する前から、すでにファッション・カメラマンとして活躍していましたが、革命後は報道写真も手がけ、レボルシオン紙に投稿。
上のゲバラの肖像写真は、1960年3月4日にハバナ港で起きたフランス船「ラ・クーブル号」爆発テロ*による死者の追悼式におけるゲバラの表情。


*ハバナ港内に停泊中のラ・クーブル号には武器が満載されていた為、爆発による被害状況は地獄の様相を呈し、約100人が死亡、負傷者は200人を超えた。


犠牲者の追悼式は、コロン墓地に通じる23/12番街が交差する地点を中心に行われ、参列者が通りを埋め尽くすなか、カストロ議長は初めてあの有名な「祖国か、死か」のスローガンを発したとか。


コルダは貴重なシャッターチャンスを捕え、チェの表情をフィルムに焼き付けましたが「チェの瞳は怒りに燃えていた」そうです。


ただ、後世の“鑑賞者”たる私たちは、必ずしもチェの眼差しに「怒り」を見て取っているとは限りません。

むしろ、あるイギリス人批評家が言うように「理想」を感じとるのが一般的な見方でしょう。


ドキュメンタリーでは、イギリスのウォッカの広告にこのチェの写真が無断で使われ、コルダが訴訟を起こしたエピソードが紹介されます。
勝訴したコルダは次のように言います: 

「私の写真を福祉目的のために使うなら報酬はとらない。だが、飲酒や売春など自分が善としない目的には、断固として使用を拒否する」(ちなみにコルダはチェの写真の使用料はすべて福祉関係に寄付している)。


さらに映画は「資本家にとって社会主義者のチェは政敵なのに、宣伝効果がある(人々に愛されている)と見ると利用する」という矛盾を突いていました。


コルダの写真を気に入ったカストロは、ニューヨークを訪問するに当たり、随行カメラマンに抜擢。

ニューヨークで、コルダは憧れのファッション写真家リチャード・アベドンに会い、持参した自作のファッション写真集と革命の報道写真集を見せ、彼の感想を求めます。両方を見比べた後、アベドンは言います:「君のファッション写真はもう古い。新しい可能性は革命のほうにある」
キューバに戻ったコルダは、カメラを携えてキューバの地方に出かけます。
そして彼は、ピナール・デル・リオで運命的な出会いをするのです!


パウリーナ
この少女の名はパウリーナ

当時2才
彼女が抱えているのは木片。
粗末な小屋の前でたたずんでいた彼女は、自分の腕のなかの木片に向かってこう語りかけていたそうです:「いい子にするのよ。泣いちゃぁダメ」

コルダはその姿に強烈なインパクトを受け、思いました―

「溢れるほどの玩具を持っている子供がいる一方で、人形の一つもない子供がいる。この不公正を正さなければ」

こうして彼はファッション写真を捨て、革命と歩むことを決意。

後に回想しながらコルダは:

「皆は私を“チェの写真家”だと言うが、私にとっては、チェの写真よりもパウリーナの写真が一番大切な思い出だ」


さて映画はこのあと、コルダ自身のユーモア溢れる楽しげなコメントと共に、彼が記録したチェやカストロの人間味あふれる姿を紹介。

カストロは政治家というより、スケールの大きい一人の人間として紹介されるので、親近感が湧いてきます。


そのあとで、コルダを含む4人の写真家が、カストロ議長を訪ね、自分達の仕事に対する議長の率直な評価を聞き出すのですが、この時のカストロ議長の言葉もなかなか含蓄がありました。
要約すると
:「報道写真の価値は、年月を経て初めて認識されるものだ」「写真のおかげで、歴史が葬り去られず、革命が存続する」「写真家は、革命について記述することは出来ないが、革命を照らし出してくれる」「写真があるおかげで、自分達がどこに居て、何をしていたのかがわかる」


2000年、米国で写真展が開催され、コルダも訪米。
会場で来客に愛想よく対応する一方、こんな思いも吐露:
「エリアン君事件を報道する米国の新聞には、星条旗を胸に抱いて泣いている女性の写真が一面に掲載されていたが、私はこの女性は子供をもったことがないのだろうと思う。
なぜなら、もし母親なら自分の子供を決して手放したりしないだろうから。子供が肉親から離れて幸せになれると思うだろうか?」
「この国(米国)の報道写真は時おりこんな操作をするが、私は自分の写真で戦っているつもりだ。ささやかだけど」


愛するハバナの自宅に戻ったコルダは、忘れ難い言葉を残します:
「写真を学んでいる人にいつも言う言葉がある。皆、材質のこととか、技術のこととか質問してくるが、私はこう答えるんだ。
君たち、なにを勘違いしているんだい?
大切なことは『星の王子さま』に書いてあるだろ。
“心で観なければ、ものごとはよく見えないってことさ”
“肝心なことは目に見えないんだよ”」


陽気でタバコと女が離せない、典型的カリブの男:コルダ
Alberto Korda

参考: http://digicamworks.net/Gekkan/Mar05B/Gekkan27B.htm